ごあいさつ

 大きな変動の中で、2010年が幕をあけました。
去年は、5月に土田英生氏の新作『その受話器はロバの耳』、十月には青年座への始めての書下ろしが実現した斉藤雅文氏『千里眼の女』と、充実した日本の新作を生み出すことができ、また、12月には、新企画「青年座・セレクション」の第一弾として、創立時の旗揚げ公演である『第三の証言』を上演いたしました。
 まさに、「今・現在」を映し出す新作に取り組むと同時に、われわれの原点である作品の菜園・再生に挑戦するという試みは、劇団創立の志を再確認し、そのあり方を自らに問い続けつつも、時代の激流の中にしっかりと踏ん張っていたいという私たちの決意でもあり、覚悟でもあります。
又、旅公演はマキノノゾミ氏の『赤シャツ』が全国演鑑連九州ブロック統一例会で、足かけ3ヶ月の非常に実りの多い巡演をすることができました。『赤シャツ』は、2001年ミレニアムの年に、新世紀への不安と警鐘を抱いて初演の幕を開け、そして数ヵ月後に、あの9・11の現実に直面し、不安の予感が的中した衝撃が今なお残る、特別な思いのある作品です。ますます『赤シャツ』のメッセージを投げざるを得ない世の中に鳴りつつあることに、複雑な思いを抱きながらも、続演に確かな手ごたえを感じています。
 そして向かえた今年2010年──。
6月には、待望の太田善也氏(散歩道楽)の書き下ろし『つちのこ』、そして11月には、あの名作『黄昏』が新演出・新キャストで再登場します。
又、8月には「青年座・セレクション」第二弾として、西島大氏の衝撃的話題作『昭和の子供』が、半世紀の時を越えて甦ります。
旅公演は『赤シャツ』(四国・可児)、『妻と社長と九ちゃん』(神奈川県・首都圏)、『あおげばとうとし』(近畿)と続きます。
政権交代とともに、演劇・劇団を取り巻く状況も大きく変化しようとしています。変化に対応すべきこと、そして又、まもり続けるべき変わってはいけないものを試される時が来ているのだと思います。
荒波の中にしっかりと立つ、創作への情熱と信念と、柔らかな精神を肝に銘じて、果敢に発信して行きたいと思います。
本年も、どうぞよろしくお願い致します。

宮田慶子 (2010.1.1)

歴史

1954年12月17日俳優座劇場で旗揚げ公演
私ども青年座は、1954年5月、当時、俳優座の準劇団員であった若者が、俳優座から別れて作った劇団です。『創作劇の青年座』として創立以来数々の書き下ろし作品を上演しつづけてきました。翻訳劇全盛期の創立当時は、創作劇上演自体無謀な行動であり、劇団存続を危ぶまれました。しかし、10人の創立メンバーの意志は強く、創作劇の上演を重ねて確実に次代に受け継いできました。劇作家も椎名麟三以来時代と共に範囲を広げ、マキノノゾミ、鐘下辰男、坂手洋二、永井愛、松田正隆という新世代の劇作家との舞台を次々と発表しています。青年座の「創作劇上演」は日本の演劇状況をより活発に、新鮮に塗り替えていると自負しています。今後も創作劇の上演はもとより、近代古典の現代的視点による上演、海外作品の上演、またミュージカル作品の上演も行っていきます。私たちの姿勢が認められ、特別推進事業の助成団体として、文化庁から2度も選ばれました事は、ますます我々に勇気を与え、今後の活発な公演に油をさした結果となりました。

受賞

1968年
第23回芸術祭奨励賞(『禿の女歌手』の成果に対して)
1968年
第3回紀伊國屋演劇賞団体賞(年間の公演活動に対して)
1971年
第6回紀伊國屋演劇賞団体賞(年間の公演活動に対して)
1973年
第28回芸術祭優秀賞(『三文オペラ』の成果に対して)
1979年
東京都優秀児童演劇選定優秀賞(『ブンナよ、木からおりてこい』)
1979年
厚生省児童福祉文化賞(『ブンナよ、木からおりてこい』)
1980年
第34回芸術祭優秀賞(『ブンナよ、木からおりてこい』)
1981年
第35回芸術祭大賞(「五人の作家による連続公演の企画・制作」)
1985年
東京都優秀児童演劇選定優秀賞(『ブンナよ、木からおりてこい』)
厚生省児童福祉文化賞(『ブンナよ、木からおりてこい』)
1987年
第42回芸術祭芸術祭賞(『国境のある家」の成果に対して)
1990年
平成元年度芸術祭芸術祭賞(『盟三五大切」の成果に対して)
1997年
第31回紀伊國屋演劇賞団体賞
(『三文オペラ』『審判』『ベクター』などの舞台成果に対して)
1998年
第5回読売演劇賞優秀作品賞(『フユヒコ』の舞台成果に対して)
1998年
第52回芸術祭大賞(『見よ、飛行機の高く飛べるを』の成果に対して)